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73年ぶりに全面返還されたサントス日本人会館

 1943年、ブラジル政府に敵性資産として接収され、終戦後から日系団体が粘り強い返還運動をしていたサントス日本人会館と同日本語学校が全面的に返還されました。同会館は2006年に99年間の「無償貸与」の形で引き渡されていましたが、テメル大統領が5日、返還書類に正式署名、73年の年月を経て念願の完全返還が実現したものです。10日に返還を祝うセレモニーがサントス市の同会館で開催され、関係者や来賓など約100人が喜びを分かち合いました。
 第2次世界大戦時の1943年7月、サントス港沖で米国とブラジルの貨物船がドイツ軍の潜水艦に撃沈され、サントス市内に住む日本人など枢軸国民に対して24時間以内の強制退去命令が出されました。その際、29年から運営していたサントス日本語学校も敵性資産とみなされブラジル政府が接収、ブラジル陸軍省の管轄下に置かれました。戦後、日本人会関係者や地元出身下議などの尽力で、今回の完全返還が実現しました。
 記念セレモニーには、サントス日本人会の安次富(あじふ)ジョージ会長、在サンパウロ総領事館の中前隆博総領事、元サントス市長で返還運動に協力したジョン・パウロ・パッパ下議、中井貞夫サントス市議レイナルド・マルチンス同市議、ブラジル日本文化福祉協会の花城アナクレット専任理事、谷口ジョゼ眞一郎県連副会長、立花アルマンド日本語センター理事長が出席しました。その他、1978年から2003年までの25年間にわたって同日本人会会長として返還運動を粘り強く行った上新(かみ・あらた)さん(94、福岡)も車椅子で参加しました。
 挨拶に立った安次会長は「今日は我々サントスに住む日本人・日系人にとっては特別な日。多くの時間をかけて、日本人会館と日本語学校の返還が実現したことは大きな喜び。現在、日本語学校には約100人の生徒が学んでおり、生徒たちのためにも喜ばしい」と述べ、返還運動に携わった関係者たちに感謝の意を表しました。上さんの次女に当たる上サヨコさん(61、2世)は、「父ちゃんが長い間、一生懸命やってきた(返還)運動の成果が上がったことが嬉しい」と語りました。(写真・返還されたサントス日本人会館 サンパウロ新聞提供)